2008.11.20 Thursday
中1の少年の作った映画「がじゅまる」に感動する
思えば。
僕が初めて創作したのは、小説でした。
別に誰に作れと言われた訳でもなく。
宿題だった訳でも、夏休みの自由研究だった訳でもありません。
ただ、書きたかったから家にあった原稿用紙に小説を書いた。という単純なものでした。
タイトルは忘れてしまいましたが、自分そっくりな子供が目の前に現れる、ドッペルゲンガー(当時その言葉は知らなかったので使ってませんが)の話だったように思います。探せば、押し入れの奥にあるでしょう。
小学校4年生くらいだったか…。
母がその小説をうんと褒めてくれて、担任の先生に我が子を自慢するように見せびらかし(笑)
先生からも凄い、凄いと褒められました。
それが嬉しくて、小学校6年までに10作品くらいは書いたと思います。
最初は文章だけだったのが、だんだん工夫するようになり、最終的には自分で描いた絵も挟み、ステイプラー(ホッチキス)で留めて、「本」を作りました。
高校になると、ゼロックスのコピー機が登場し、街でコピー1枚何十円というサービスをする店が現れました。コンビニのない時代です。
カメラのプリントサービスショップや、印刷屋さんに置かれたコピー機を駆使して、同人誌を作り、即売会もしました。
僕は雑誌を作りたかったので、アニメやパロディの同人誌を作る仲間の中で、喫茶店のレビューや自作の詩や、オリジナルの漫画を書いて、本にしました。
映画を作ったのは、高校2年生、17歳の頃です。
同人誌即売会のイベントをきっかけに、当時知り合った中江裕司監督(当時インディーズ)に、なかば強制的に「作れ!」と言われて作りました。
それが本でも映画でも、何かを作るのは、しんどいし、辛い。
だいたい想像の中の完成予想よりも現実の完成品は劣っているし、出来て直後は満足出来ても、見返すほど駄目な部分が目についてしまいます。
でも、それが「次こそ」という原動力になるんですね。
それに、矛盾しているけど、何かを作るのはとてつもなく楽しい。
一人で作るのも楽しいし、仲間と作るのも楽しい。
作っている間は、楽しさがずっと続くような高揚感があります。
結局…
そんなこんなでクリエイティブに関わる仕事以外、できなくなってしまいました。
昨日、ずっと前から会いたくて会いたくて仕方なかった
仲村颯悟(りゅうご)君にやっと会えました。
彼は小学校3年生から映画制作をはじめ、既に約30本を作っています。
7月下旬、ビデオフィスティバル出品に向けて制作する予定の映画「がじゅまる」について、沖縄フィルムオフィスに支援依頼があり、大喜びで僕らはお手伝いさせて貰いました。
メインの担当は当時スタッフだった瀬川がしました。
その後、作品は無事完成。上映会も100名以上の観客を動員し、大成功で終了。
残念ながら、娘、菜海(なの)の運動会で上映会に行けなかった僕に気を使ってくれて、仲村颯悟君と池味幸輝君がわざわざDVDを届けてくれたのでした。
彼らの事は新聞記事にもなっています。
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-08-05-M_1-eco-1_003.html?PSID=
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-10-31-E_1-007-3_001.html
僕がかなりバタバタしていたので、約束の時間に遅れたり、話している間も電話がひっきりなしだったりと、申し訳ない対応をしてしまいましたが…。

で。
自宅に帰り、娘を寝かせて、やっと念願の映画「がじゅまる」を見ました。
とある夏。沖縄を舞台にした小学校6年生の男の子二人と、キジムナーの友情の話。
素直に感動しました。
「上手さ」という意味では、まだまだの部分はもちろん多いと思います。
けれど、それを補ってあまりある創作に対する真摯な姿勢や純粋さが、心を打つのです。
「生活のための仕事」として安易に作られたプロの作品など、軽く蹴散らしてしまうダイヤの原石のような美しさがそこにありました。
「おっ」と思うアングルやカメラワークもありました。
ロケーションも厳選していて、美しい沖縄が映し出されています。
作品が終わると、「特典映像」で、企画段階からの制作の様子や上映会の様子もありました。
中1にして、しっかり、企画から制作、興行までやってる。
(実はクリエイターでも「作って終わり」という人も意外に多いんです。映画は人に見せて始めて、本当の完成と言えます。ちゃんとそこまでやっているのは、本当に凄いこと)
かつて、僕は「沖縄次世代委員会」という委員をしていて、稲嶺県知事(当時)の前で提言書を元にプレゼンテーションする機会を得た事があります。
(http://blog.goo.ne.jp/matayoshien/e/193a519584d50c8784caf199e677066e)
テーマはエンターテイメント産業についてでした。
提言書の冒頭は、こういう言葉で始まります。
「ウチナーンチュが、映画でアカデミー賞を、音楽でグラミー賞を、舞台芸術でトニー賞を獲得する日はきっと来るでしょう。その日のために、今しなければならないことを私たちは考えました。」
その日は、もしかしたら僕の生きている間に来るかも知れない。
映画「がじゅまる」のおかげで、僕は期待にワクワクしています。
なお、仲村くん曰く、今後も上映会を検討しているとのこと。
近所で上映会があったら、是非足を運んでみて下さい。
そうそう。仲村颯悟(りゅうご)君のブログもいいです。
写真が趣味という事で、いっぱいブログにもアップされてますが、結構いい写真あります。
http://mikan.ti-da.net/
僕が初めて創作したのは、小説でした。
別に誰に作れと言われた訳でもなく。
宿題だった訳でも、夏休みの自由研究だった訳でもありません。
ただ、書きたかったから家にあった原稿用紙に小説を書いた。という単純なものでした。
タイトルは忘れてしまいましたが、自分そっくりな子供が目の前に現れる、ドッペルゲンガー(当時その言葉は知らなかったので使ってませんが)の話だったように思います。探せば、押し入れの奥にあるでしょう。
小学校4年生くらいだったか…。
母がその小説をうんと褒めてくれて、担任の先生に我が子を自慢するように見せびらかし(笑)
先生からも凄い、凄いと褒められました。
それが嬉しくて、小学校6年までに10作品くらいは書いたと思います。
最初は文章だけだったのが、だんだん工夫するようになり、最終的には自分で描いた絵も挟み、ステイプラー(ホッチキス)で留めて、「本」を作りました。
高校になると、ゼロックスのコピー機が登場し、街でコピー1枚何十円というサービスをする店が現れました。コンビニのない時代です。
カメラのプリントサービスショップや、印刷屋さんに置かれたコピー機を駆使して、同人誌を作り、即売会もしました。
僕は雑誌を作りたかったので、アニメやパロディの同人誌を作る仲間の中で、喫茶店のレビューや自作の詩や、オリジナルの漫画を書いて、本にしました。
映画を作ったのは、高校2年生、17歳の頃です。
同人誌即売会のイベントをきっかけに、当時知り合った中江裕司監督(当時インディーズ)に、なかば強制的に「作れ!」と言われて作りました。
それが本でも映画でも、何かを作るのは、しんどいし、辛い。
だいたい想像の中の完成予想よりも現実の完成品は劣っているし、出来て直後は満足出来ても、見返すほど駄目な部分が目についてしまいます。
でも、それが「次こそ」という原動力になるんですね。
それに、矛盾しているけど、何かを作るのはとてつもなく楽しい。
一人で作るのも楽しいし、仲間と作るのも楽しい。
作っている間は、楽しさがずっと続くような高揚感があります。
結局…
そんなこんなでクリエイティブに関わる仕事以外、できなくなってしまいました。
昨日、ずっと前から会いたくて会いたくて仕方なかった
仲村颯悟(りゅうご)君にやっと会えました。
彼は小学校3年生から映画制作をはじめ、既に約30本を作っています。
7月下旬、ビデオフィスティバル出品に向けて制作する予定の映画「がじゅまる」について、沖縄フィルムオフィスに支援依頼があり、大喜びで僕らはお手伝いさせて貰いました。
メインの担当は当時スタッフだった瀬川がしました。
その後、作品は無事完成。上映会も100名以上の観客を動員し、大成功で終了。
残念ながら、娘、菜海(なの)の運動会で上映会に行けなかった僕に気を使ってくれて、仲村颯悟君と池味幸輝君がわざわざDVDを届けてくれたのでした。
彼らの事は新聞記事にもなっています。
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-08-05-M_1-eco-1_003.html?PSID=
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-10-31-E_1-007-3_001.html
僕がかなりバタバタしていたので、約束の時間に遅れたり、話している間も電話がひっきりなしだったりと、申し訳ない対応をしてしまいましたが…。

で。
自宅に帰り、娘を寝かせて、やっと念願の映画「がじゅまる」を見ました。
とある夏。沖縄を舞台にした小学校6年生の男の子二人と、キジムナーの友情の話。
素直に感動しました。
「上手さ」という意味では、まだまだの部分はもちろん多いと思います。
けれど、それを補ってあまりある創作に対する真摯な姿勢や純粋さが、心を打つのです。
「生活のための仕事」として安易に作られたプロの作品など、軽く蹴散らしてしまうダイヤの原石のような美しさがそこにありました。
「おっ」と思うアングルやカメラワークもありました。
ロケーションも厳選していて、美しい沖縄が映し出されています。
作品が終わると、「特典映像」で、企画段階からの制作の様子や上映会の様子もありました。
中1にして、しっかり、企画から制作、興行までやってる。
(実はクリエイターでも「作って終わり」という人も意外に多いんです。映画は人に見せて始めて、本当の完成と言えます。ちゃんとそこまでやっているのは、本当に凄いこと)
かつて、僕は「沖縄次世代委員会」という委員をしていて、稲嶺県知事(当時)の前で提言書を元にプレゼンテーションする機会を得た事があります。
(http://blog.goo.ne.jp/matayoshien/e/193a519584d50c8784caf199e677066e)
テーマはエンターテイメント産業についてでした。
提言書の冒頭は、こういう言葉で始まります。
「ウチナーンチュが、映画でアカデミー賞を、音楽でグラミー賞を、舞台芸術でトニー賞を獲得する日はきっと来るでしょう。その日のために、今しなければならないことを私たちは考えました。」
その日は、もしかしたら僕の生きている間に来るかも知れない。
映画「がじゅまる」のおかげで、僕は期待にワクワクしています。
なお、仲村くん曰く、今後も上映会を検討しているとのこと。
近所で上映会があったら、是非足を運んでみて下さい。
そうそう。仲村颯悟(りゅうご)君のブログもいいです。
写真が趣味という事で、いっぱいブログにもアップされてますが、結構いい写真あります。
http://mikan.ti-da.net/
at 12:52, Matayoshi En, 日記・メモ
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